現存しているレトロな駅舎にはそれなりのエピソードや歴史があり、街がどんなに変わろうともその空間だけは時代を物語っている。同時代に生きていなくても、人は共通の郷愁を感じ、時に癒される。それが小説の中に出てくる場所であれば、いっそう深みが増すはずだ。
かの有名な夏目漱石の『坊っちゃん』に出てくる三津駅は、成長した坊っちゃんが松山の中学校に赴任する際に利用した駅で有名である。執筆当時に存在していた駅舎ではないが、昭和初期に立てられたとされる三角屋根にアールヌーボー調の曲線が活かされた建築は、当時からしてみればかなりハイカラで町の自慢であったに違いない。今ではかなりの老朽化が見られるが、駅前にある自動販売機も駅舎の雰囲気に呑み込まれて、その時代の空気感を漂わせている。待合室に入れば古いブリキ調の看板が飾ってあり、年齢に関係なく誰もがセピア色の空間に染まれるだろう。
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